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桜田門外の変「情念の炎」ブログへようこそ

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本日も、当ブログへアクセスしていただき、誠に有難うございます。皆様のお陰で、3年間にわたって挑戦してまいりました執筆活動も無事、終了することが出来ました。心より厚く御礼申し上げます。ブログでは、時折々に思いついたこと、感じたことなどを皆様方と対話するような気持ちで綴ってまいりますので、引きつづき宜しくお願い申し上げます。
  

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読者から寄せられるお手紙に心より感謝!

  不順な天候が続きますが、皆様方は如何お過ごしでしょうか? 小生の方は挨拶廻りも一段落し、健康増進のための散歩を再開したところです。1、2月に少し無理をしたことがたたり、まだ腰痛が残っています。長時間の運転がつづいたことが原因かと思います。
  さて、先日久しぶりに大学時代の後輩N氏(阿見町在住)からお手紙を頂きました。余り親しく付き合った訳ではないのですが、同じ体育科に属していたので顔はよく覚えています。因みにN氏は野球部で活躍されていました。以前、かれから「第二作の「烈士たちの挽歌」を是非読んでみたい」とのお電話を頂きましたが、最近になって感想文を送ってくれたのです。封を切って見ますと、本人以外にも、かれの友人S氏(千葉県柏市在住)の感想文も入っていました。原文のまま紹介したいと思います。

「烈士たちの挽歌」を読んで 

  水戸藩の藩内抗争をテーマにした御著を拝読いたしました。全編を読み終え、心に浮かんだことを率直に記させて頂きます。
 こんなことってあるんだろうか・・・・。「面白いから読んでみろ」と高校の同級生N君から手渡されたご著書の最初のページを開いたとき、あまりの偶然の一致にびっくりしてしまいました。
『越前敦賀津は三方を山に囲まれた天然の良港で、蝦夷(北海道)と大坂を結ぶ西廻りの北前船が頻繁に寄港するようになると、日本海側で最も先進的な商業の町「北国の都」といわれるほどに繁栄した』
 と、書き出しにある敦賀に行って来たばかりだったからです。ゴールデンウイークが始まる直前、敦賀を訪れた目的は、北前船による日本海航路について調べるためでした。しかも、一泊目は敦賀、二日目の宿は天狗党追討のため徳川慶喜が本陣を構えた滋賀県大津市、信じられないほど不思議なご縁です。
 敦賀に行ったのは初めてではありません。実は十年ほど前、松尾芭蕉「奥の細道」の全行程を徒歩で旅した際、訪れているのです。
 2005年5月のことでした。わたしは木の芽峠を越え、新保の集落に下りていきました。路地にスイセンが黄色く咲き誇っていたのを覚えています。新保のバス停で昼食を済ませ、車道を避けながら葉原―越坂―樫曲と旧道を下っていきました。「天狗党の旗を挙げた郷土の人々は幕府軍と戦いつつこんなところまで来て投降したのか。京都を眼の前に、さぞかし無念だったろうなぁ」と、囚われた浪士たちを偲びつつ木の芽古道をあるいたものです。敦賀の市街地に入ってからは、旅のルートから外れるのを承知で「武田耕雲斎等の墓(水戸烈士の墓)に手を合わせ、松原神社を訪れました。浪士たちが閉じ込められていた鰊蔵の上でトンビが空高く弧を描いていたのを思い出します。
 十数年ぶりに敦賀を訪ねた今回の旅では、浪士が一時幽閉された本勝寺を見ることが出来ました。何度も迷いながら訪ね当てた寺は太平洋戦争中の空襲で全焼し、往時の面影を偲べなかったのが残念です。天狗党の顛末について一応の知識はありましたが、今回御著を読んだことで加賀藩の武士道に基づく行動、幕閣の思惑、小浜藩の対応など詳細を知ることが出来、改めて感謝しております。
 
 ページをめくりながら終始感じたのは、冷静・公平な変わらない視点でした。天狗党、諸生党をはじめ、様々な勢力が入り乱れて殺戮を繰返す悲惨な歴史を描きながら、一方に偏ることなく複雑極まりない事実関係を一貫して正確に記してゆく執筆姿勢に感服しました。自分だったら感情にとらわれて筆がすべり、どちらかに肩入れしてしまったのではないか、と省みる次第です。参考とすべき鯉渕様の執筆のスタンスは、巻末の参考文献を見るまでもなく、膨大な資料を読み込み、わがものとされた結果によるものであると拝察いたします。

  討つもはた討たるるもはた哀れなり
  同じ日本のためと思えば

 武田耕雲斎の辞世の句ではありませんが、歴史に散った人々は立場の違いこそあれ、それぞれに国を想い、郷土を愛しつつ戦ったのでしょう。個人的感想を述べさせてもらえば、数奇な運命を辿った耕雲斎の孫、武田金次郎が哀れでなりません。政敵、市川三左衛門を処刑後、心と体を病み、四十八歳で亡くなった生涯はまさに「歴史に翻弄された一生」と言えるのではないでしょうか。
 私事になりますが、私の叔父は銀行を退職後、水戸弘道館で観光ボランティアをしていました。土浦出身の叔父が言うには、「水戸という土地柄は本当に難しい。天狗党が良いとか諸生党が悪かったとか、うっかりしたことはしゃべれない。誰がどこでどう繋がっているか分からないのだから」とのことでした。
 今回、ご著書を読んだことで錯綜する水戸の藩内事情を知り、改めて伯父の言葉を思い出しました。そして「言いたかったことはこういうことだったのか」と真意がストンと胸に落ちました。

 最後に、検討して頂きたい問題がひとつあります。それは書籍のビジュアル化、つまり文中に関連地図、人物相関図といったものが掲載されていたら理解が更に深まったのではないかということです。わたしも二年程前に自費出版の形で本を出した経験があり、地図一枚、図表ひとつ載せるごとに手間がかかり、製作費がかさむことは承知しています。しかしそれでも、天狗党と追討軍が対峙した木の芽古道の両軍配陣図、水戸を脱した諸生党の転戦経路などが挿入されていたらより分かり易かったのではないか、と思っています。

 失礼をも省みず勝手なことを申上げましたが、書籍離れが急速にすすむ昨今、世の中に一点でも多くの良書を送り出したいとの思いによるものですので、ご容赦いただければ幸いです。
 鯉渕様のますますのご健康をお祈り申し上げます。

 この場を借りて、後輩のN氏、その友人のN氏に心より感謝申し上げます。本当に有難うございました。
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プロフィール

鯉渕義文

Author:鯉渕義文
1945年、那珂市生まれ。茨城大学教育学部を卒業後、教員として那珂湊水産高校、鉾田二高、太田二高などに勤務。退職し現在は桜田門外の変同好会代表幹事。

「情念の炎」上巻、中巻、下巻
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