FC2ブログ

桜田門外の変「情念の炎」ブログへようこそ

                 桜田門外の変「情念の炎」ホームページはこちら
本日も、当ブログへアクセスしていただき、誠に有難うございます。皆様のお陰で、3年間にわたって挑戦してまいりました執筆活動も無事、終了することが出来ました。心より厚く御礼申し上げます。ブログでは、時折々に思いついたこと、感じたことなどを皆様方と対話するような気持ちで綴ってまいりますので、引きつづき宜しくお願い申し上げます。
  

FC2ブログランキング
←ご協力お願いします

未来のために、過去に学び、自分の生き様を楽しんで設計しよう!

  小生の第二作「烈士たちの挽歌」出版記念祝賀会から、早三ケ月が経過してしまいました。この間、何人かの方から激励のお手紙や葉書などを頂戴し、大変嬉しく思っています。全くの素人が書いたものでも読んで下さる方がいらっしゃることにただただ深く敬意を表すばかりです。プロが手掛けた作品とは大きく違い、読者はそう多くはありませんが、深く関心を寄せて下さる方がいらっしゃること、大変有難い限りです。
 読者層は大きく分けると、二通りあることが分かりました。一つは、ご先祖が水戸藩の歴史に直接、間接的に関わっている方で、もう一つは幕末の水戸藩の歴史に興味を持っている方のようです。前者の特徴は、主に門閥派あるいは尊攘鎮派に属した方を先祖に持つ方が今回の第二作に注目していたように思われます。書き手である著者が、自分たちの祖先をどのように扱っているのか、ということに着目しているのかも知れません。今回、大変嬉しいことに、門閥派の重鎮(家老、側用人)のご子孫からお手紙を頂戴したり、ご自宅を訪問して懇談する機会がありました。いずれの方々もご先祖に誇りを持っていらっしゃる方々ばかりです。元家老筋のご子孫とは来月懇談する機会を設けて下さることを約束して下さり、お会い出来ることを楽しみにしています。

 後者における今回の特徴は、女性および比較的若い世代の方々が興味を示して下ったことです。これは小生にとって大変嬉しいことであり、出来るだけ多くの方々と懇談の機会が得られるよう努力していきたいと思っています。共に歴史を学ぶことは、大変重要なことだと思っているからです。因みに、私たちひたちなか市の第一中学校区内に住む人で構成する「楽歴会」(月に一度集まる歴史学習会)に、最近3人の女性が加入しました。雰囲気も大分変り、講座の担当者も意気込みを新たにしています。また、今月は別の女性グループに招かれ、水戸市内で歴史学習会を持つことが出来ました。今後、数回に分けて水戸藩幕末の歴史を学習する予定になっています。
 先日、郵送されてきた「友の会(退職教職員の会)だより」には、― スペシャルインタビュー ― 歴史を学ぶ意義、と題する小和田哲男(歴史学者)さんの記事が掲載されていました。以下にその内容を紹介したいと思います。

未来のために、過去に学び、自分の生き様を
楽しんで設計しよう

 
  大河ドラマなどの歴史番組の時代考証や解説を通して、戦後史の面白さを発信している小和田哲男さんに、歴史の陰から見えてくる史実の醍醐味を語ってもらいました。

″歴史博士″の称号をいただく

  歴史上の武将たちの生き様、合戦の駆け引き、合戦の舞台となった城の仕掛けなど、戦国史に興味を抱くようになったのは、小学校の頃の出来事が始まりです。母親が結構な歴史好きで、家には歴史の本がたくさんありました。テレビもない時代でしたから、母親がよく歴史の話をよくしてくれて、小学校低学年ですでに歴史に興味を持っていました。
  小学校5年生の授業で、先生が黒板に「人」という字を書いて、熟語になると「人」を「うど」と読むと教えてくれました。先生は「狩人」を例に挙げ、「他に知っているか?」と問われた時、私は、「落人(おちうど)」を知っていたので、恐る恐る手を挙げて答えました。先生に「どういう意味だ」と聞かれたので、「源氏と平氏の戦いで、負けて山奥へ逃げて行った人たちのことです。今も子孫がいます」と答えました。先生は、「小和田は歴史博士だな」と言ってくれて、そのことが嬉しくて歴史だけは他に負けまいと決心しました。

民衆の視点で、戦国時代を洞察する

 ところが、大学では「歴史好き」だけでは通用しないと先輩たちから教わりました。合戦で勝った負けただけでなく、武将たちがどのようにして勝つための戦略を練ったのかが大事だと。平たく言えば、富国強兵がヒントです。戦いに勝つためには国を豊かにしなければなりません。武将たちの国を豊かにする知恵を掘り出そうという思いで、修士論文は「戦国大名の経営手腕」をテーマにしました。
「民衆の立場で歴史を診ろ」と先輩たちからアドバイスを受け、戦国史を戦う武将ではなく、民衆の立場で研究することで視野が広がりました。所謂、社会経済史的な研究の視点をこの頃に身につけたと思います。
 
歴史の陰に光を当て、史実を伝える

 歴史は勝った側が都合よく書き残します。その例が太田牛一の『信長公記』です。織田信長の家臣が残した信長の伝記なので、主人の傷になるようなことは書かれていません。そのことに気がついたのは、安土城築城のシーンです。『信長公記』には、信長様のお知恵で容易く大きな石を上げたとだけ書いてあります。ところが、宣教師のルイス・フロイスが残した「日本史」には、大きな石を上げる際、片側に石が滑り始めたため石の下敷きになって150人が死んだと書かれています。
  これは同じ石のことでしよう。信長は、事故を隠ぺいしています。だから、この部分だけでなく、他にも隠ぺい工作をかなりしていると考えられますから、隠されている部分にも光を当てないと本当の歴史は描き出せないと思っています。今川義元、明智光秀、石田三成など、どうも世間から「軟弱だ」とか、「バカなことをやってんだ」と言われる武将に親近感を持ち、シンパシーを感じます。負けた側の書き残せなかった無念さを晴らしてあげたいと思います。 

※2020年東京オリンピックの年  NHK大河ドラマ第59作「麒麟がくる(明智光秀)」
  「麒麟がくる」は、大河ドラマの原点に戻り、戦国初期の群雄割拠の戦乱のなか、各地の英傑たちが天下を狙って、命をかけ愛をかけ戦う、戦国のビギニングにして「一大叙事詩」です。
  脚本は、第29作「太平記」を手がけた池端俊策のオリジナル。大河ドラマとしては初めて智将・明智光秀を主役とし、その謎めいた前半生に光があてられます。物語は、1540年代、まだ多くの英傑たちが「英傑以前」であった時代から始まり、丹念にそれぞれの誕生を描いていきます。若き明智光秀、織田信長、斎藤道三、今川義元、そして秀吉が、家康が、所狭しと駆け巡る… 「麒麟がくる」―新たな時代の大河ドラマの始まりです。

歴史を学び、歴史に学ぶ

  越前の戦国大名・朝倉氏の家臣の一人、朝倉宗滴(そうてき)が記した「朝倉宗滴話記」は、みなさんに読んでいただきたいと思います。その中に「巧者の大将と申すは……」とありまして、「名将と言えるのは、大敗北をした者だ」と書き残しています。それに一番当てはまるのが徳川家康です。1572年12月、浜松の三方ヶ原の戦いで負け戦をしました。しかし、それから家康の家臣への接し方が変わり、自分の身代わりで死んだ家臣がいっぱいいた反省から、家臣を大切に思うようになりました。『宝の中の宝といふは、人材に如(し)くはなし』は、家康の名言です。このように失敗例から学ぶことは、武将たちの生き様から受け取るメッセージだと思っています。
 歴史は鏡です。例えば、平安時代の歴史物語の『大鏡』や『今鏡』、鎌倉時代の『水鏡』や『吾妻鏡』は、いずれも鏡という字が使われています。要するに、過去を鏡に映し未来を照らすわけですから、過去は単なる過去ではなく、未来のための過去になります。過去と現在と未来がつながり、自分の生き様をいろいろと設計するために過去があります。だから、先人たちの知恵をいつまでも学ぶべきです。
 今の目標は、先人たちの知恵を生かし、自分の足で見聞きし調べ上げた日本の城の研究を集大成させたいと思っています。

◇ 小和田 哲男 氏

 歴史学者、文学博士。1944年、静岡市生まれ、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。
 静岡大学名誉教授。
 NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」などの時代考証や歴史番組での解説で、戦国史の面白さを発信している。「家訓で読む戦国 組織論から人生哲学まで」(NHK出版新書)、「井伊直虎 戦国井伊一族と東国動乱史」(洋泉社歴史新書、2016年)など著書多数。全国の城を訪ね、地方の地酒に眼がない。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

鯉渕義文

Author:鯉渕義文
1945年、那珂市生まれ。茨城大学教育学部を卒業後、教員として那珂湊水産高校、鉾田二高、太田二高などに勤務。退職し現在は桜田門外の変同好会代表幹事。

「情念の炎」上巻、中巻、下巻
 「情念の炎」下巻
この本を購入する
茨城県内一部店舗で販売しています
義援金募集
FC2「東北地方太平洋沖地震」義援金募集につきまして
FC2はユーザーの皆様から募金を募り義援金として支援を実施いたします。
映画「桜田門外ノ変」
桜田門外ノ変映画予告編 桜田門外ノ変メイキング 主題歌alan/悲しみは雪に眠る
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
リンク
検索フォーム
QRコード
QR