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桜田門外の変「情念の炎」ブログへようこそ

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本日も、当ブログへアクセスしていただき、誠に有難うございます。皆様のお陰で、3年間にわたって挑戦してまいりました執筆活動も無事、終了することが出来ました。心より厚く御礼申し上げます。ブログでは、時折々に思いついたこと、感じたことなどを皆様方と対話するような気持ちで綴ってまいりますので、引きつづき宜しくお願い申し上げます。
  

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情報提供に感謝

  10月に入り、今年も残り3ケ月となってしまいました。4月までは一日一日がそれなりに過ぎて行ったのをよく実感できたのですが、五月の連休を過ぎるとまたたく間に月日が過ぎ、気が付いてみると9月もあっという間に終わってしまいました。「光陰矢の如し」という諺がしみじみと実感できる今日この頃です。
  3年前から取り組んできた水戸藩の幕末、維新に関する執筆もようやく一段落し、先月後半から文章の点検作業に取り掛かりました。この間、有難いことに御二人の方から貴重な情報提供があり、これをどう生かして行くか検討しながら作業を進めています。

 一つは水戸在住の郷土歴史家K氏からのもので、武田金次郎に関するその後についてお電話を頂戴いたしました。K氏につきましては、金次郎たちが福井県の美浜町佐柿で小浜藩の准藩士とて生活した頃の史料もすでに提供していただいたところです。今回のものは史料ではなく、金次郎の晩年を書いた本を見た方が、書にした内容を教えていただきました。具体的書名が分からないのが残念なのですが、それでも大きな示唆となりました。
もう一つは、千葉県の女性からの情報で、武田耕雲斎の五男源五郎猛に関するもので、これも大いに参考になりました。はじめ、どうして千葉県の女性がと思いましたが、お手紙を見て納得致しました。ご先祖が、何と加賀藩の砲術指南役として敦賀に行き、新保の天狗党が降参した際にそれに関わっていたというのです。その方のお名前は「佐野鼎(かなえ)」と言いますが、ご承知の方もいらっしゃるのではないでしょうか。

  武田源五郎猛は、明治時代に判事、検事して活躍しましたが、彼女のお話によれば、武田姓を名乗らず、「佐野猛」を名乗っていたということで、もしかしたらで佐野鼎と深い関係にあるのではないかというのが、最初のメールでの問い合わせでした。しかし、私が、猛の家族の名前を送ったところ、妻の姓が「佐野」姓なので、そっちの方が「現実味がある」ということになり、想像していたこととは違う結果になってしまいました。
 でも、これがもとで交流出来るようになり、武田猛の履歴を送付して下さいました。それはそれとして彼女も「佐野猛」に関する小説を執筆したいということで、大変意気込んでいらっしゃいました。
ネットに「佐野鼎」がありますので、ご紹介したいと思います。

佐野鼎(富士出身)の功績、後世に 静岡県内卒業生が研究会
 幕末、明治初期の洋学者として活躍し、全国有数の名門として知られる開成中・高(東京)の前身となる私立「共立学校」を1871年に創設した富士市出身の佐野鼎(1829~77年)の功績を後世に残そうと、同校卒業生の県東部開成会(平賀聖悟会長)がこのほど、「佐野鼎研究会」を立ち上げた。県内での本格的な組織の立ち上げは初めて。
 佐野は兵学者、教育者として幕末から明治にかけての日本創設期に貢献した人物として知られる。
 研究会は20人ほど。同校150周年の節目となる2021年に向け、偉人を継承しようと始動した。生誕の地に顕彰碑を建てる計画もあり、資料や文献の収集と分析、取材が必要と判断した。
 同会によると、佐野は駿河国富士郡水戸島村(現在の同市水戸島元町)で生まれ、江戸に出るまでの15年間の生い立ちはいまだ不明な点が多いという。現存する資料は乏しく、幼少期の様子や人柄、江戸に出た経緯などは分かっていない。同会では今後、佐野家の子孫や郷土史家、他地区の卒業生らと交流を重ね、研究会などを通して調査を行っていく。
 平賀会長は「偉大なる先輩が富士市出身だということを知らない卒業生も多い。検証を行い足跡を明らかにしていきたい」と意気込む。

■さの・かなえ 15歳ごろ江戸に出ると、幕臣下曽根信敦の塾に入門し西洋砲術を習得。洋式兵学において卓越した技術を持ち、砲術師範として加賀藩に出仕した。幕府の遣米・遣欧使節団に随行して2度欧米諸国を訪問し、明治初期には政府の造兵頭となり日本創設期に貢献した。共立学校を創設して6年後の1877年、コレラにより生涯を閉じた。
■共立学校 文明開化の担い手となる人材育成を目的に創立。開校から「開成」に改名した1895(明治28)年までに2000人を超える卒業生を輩出。英語教育を主眼とし身分や階級、男女の関係なく広く門戸が開かれた。俳人の正岡子規や海軍軍人の秋山真之など近代日本の発展に先駆的な役割を果たした人物が多く学んだ。
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プロフィール

鯉渕義文

Author:鯉渕義文
1945年、那珂市生まれ。茨城大学教育学部を卒業後、教員として那珂湊水産高校、鉾田二高、太田二高などに勤務。退職し現在は桜田門外の変同好会代表幹事。

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