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桜田門外の変「情念の炎」ブログへようこそ

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本日も、当ブログへアクセスしていただき、誠に有難うございます。皆様のお陰で、3年間にわたって挑戦してまいりました執筆活動も無事、終了することが出来ました。心より厚く御礼申し上げます。ブログでは、時折々に思いついたこと、感じたことなどを皆様方と対話するような気持ちで綴ってまいりますので、引きつづき宜しくお願い申し上げます。
  

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頭が痛い日々

  日々、無我夢中でパソコン画面と向き合っているうち、早くも一ヶ月が過ぎてしまいました。60代とはかなり違って原稿が思うように捗りませんが、焦らず自分のベースで進めていきたいと思います。現在、この作業と同時進行で県立図書館などから借りてきた新しい関連史料に眼を通しています。水戸市史など基本的史料はすでにパソコンに取り込み済みなのですが、思わぬところで貴重な本に出くわすことが多々あります。
  先々週、茨城県郷土文化研究会が発刊している「郷土文化」という本を三冊借りて来ました。目次を見た時、天狗党関係の投稿が三回シリーズで掲載されていました。研究会員であるN氏が寄せたもので、天狗党西上勢に井田因幡(平三郎)の従僕として加わった城里町農民「牛吉」の手記をもとに書いています。

  小生の場合、敦賀関係のことについては主に「尊王攘夷水戸始末」、「葉原日記」、「酒井家編年史稿本」などを参考にしていますが、細かい部分では手記の方が役に立つように感じました。今までは、敦賀の三ケ寺に収容された天狗勢がどのような生活を送っていたかについて述べている資料は余り眼にしませんでしたが、今回N氏の紹介によってその実態が分かった次第です。
立場的には捕虜のようなもですから、懲役のように何か労働を科せられることもなかったので、今まで疑問に思っていました。「牛吉」さんが、一ヶ月に及ぶ寺院生活の様子を丹念に記述しています。内容は、後の楽しみということにしたいと思います。
  ここで、もう一つ新たな疑問が起こりました。「葉原日記」、「酒井家編年史稿本」などに天狗勢の姓名や、何番蔵に誰が入ったかという記事があるのですが、どこを見ても「牛吉」なる人の名前が見当たりません。勿論、史料といっても氏名には誤字がたくさん散見されるので、あるいは似たような漢字の別の人物であった可能性も考えられます。また、人によっては「一心太助」などと言うように最後まで偽名を押し通した人もいるぐらいですから、真実を知ることはなかなか大変なことです。
 こればかりではありません。敦賀で遠島刑を申し渡されたのは137名なのですが、その内106人が小浜藩の准藩士に取り立てられました。これについては「酒井家編年史稿本」や「武田耕雲斎詳伝」に氏名が挙げられています。かれらは大坂から廻船があるまで、小浜藩取締りの下で鰊蔵二棟に入れられたことになっていますが、「郷土文化」に登場する「牛吉」なる従僕の場合は、遠島処置が申し渡された後すぐに北前船の船底に入れられ、三日間ほど過ぎてからその船で小浜に連れていかれ、懲役を自ら申し出たとなっています。文面によれば、かれ一人だけのような記述になっていて、仲間のことには一切触れられていません。

  これらはほんの一例に過ぎません。外にもいろいろな疑問点があり、これらすべてを解明するのは至難のわざと言えるのかも知れません。とにかく史料を良く読んだうえ、不明な点はある程度推量に任せるしかない、と思っています。それとは反対に、今まで知らなかったことが「酒井家編年史稿本」にたくさん記されています。たとえば、田沼玄蕃頭の宿所となった寺が何者かに放火されたこと、大事に至らず、すぐ消し止めたと記されています。
 もう一つの難点は、一橋慶喜に関する取り扱いです。多くの小説では武田勢を見捨てた冷淡な人物として描かれています。確かに西上勢を中心に考えると、そのように受け取られても仕方ない一面がありますが、禁裏御守衛総督という立場、あるいは長州征伐が進行していた当事の情勢を勘案すると、別の見方も出て来ます。長州藩だけを賊徒にして、それと気脈を通じていた武田勢を特別扱いすることは難しかったに違いありません。慶喜の場合、江戸の幕閣から疑いの眼を向けられていたこともあり、苦しい立場であったと思います。
  しかし、現実には配下の者を敦賀に出張させ、武田耕雲斎の十四歳になる息子源五郎ら三人を新保宿から連れ出しています。これは公になったら大変なことになったと思いますが、それを覚悟でやったのですから、その思いだけは汲んであげる必要があるのではないでしょうか。今回の作品では、それをどう取り扱うか頭の痛いところです。
また、以前にも触れましたように、武田金次郎の最期をどうするか、これが現在の最大の課題となっています。山田風太郎作「魔群の通過」のような訳には行きません。出来るだけ史実に忠実に向かい合いたいのですが、その記録がないのでどうにもなりません。ともかく、今年前半までに結論を出し、自分なりの作品を完成させたいと願っているところです。題名についてもいくつか案を考えましたが、これも大きな課題です。
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プロフィール

鯉渕義文

Author:鯉渕義文
1945年、那珂市生まれ。茨城大学教育学部を卒業後、教員として那珂湊水産高校、鉾田二高、太田二高などに勤務。退職し現在は桜田門外の変同好会代表幹事。

「情念の炎」上巻、中巻、下巻
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