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桜田門外の変「情念の炎」ブログへようこそ

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本日も、当ブログへアクセスしていただき、誠に有難うございます。皆様のお陰で、3年間にわたって挑戦してまいりました執筆活動も無事、終了することが出来ました。心より厚く御礼申し上げます。ブログでは、時折々に思いついたこと、感じたことなどを皆様方と対話するような気持ちで綴ってまいりますので、引きつづき宜しくお願い申し上げます。
  

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弘道館の戦い(3)

水戸城守備の記とその戦死者

  勝者となった水戸城守備側は、北越方面追討に向かった山口徳之進や武田金次郎らの一隊はまだ帰らなかったので、執政鈴木縫殿ら本圀寺勢帰藩組が中心で、それに独立したばかりの松岡藩中山氏や、一旦旧幕軍に降った形となったが「王政復古」後に復帰して城の守備に積極的姿勢を示した家老山野辺氏が主体であった。それに支藩の宍戸藩、府中藩、守山藩などをはじめ、周辺の諸藩も明治政府の出兵命令を受けている。
  しかし、市川勢がそうであったように、守備軍にも藩士以外に多くの農村有志、郷士、神官、郷医、村役人のほか一般農民に少しの町民も交じっていた。元治争乱の時大発勢に属し、那珂湊で降伏後飯野藩に預けられ、その後赦されて慶応四年四月に組頭再動となり、復活した農兵に編入されて、一代苗字帯刀代々麻上下(かみしも)を許された石川村(水戸市)の郡司助衛門は同年八月、金二円二人扶持で鈴木縫殿の同心を命じられて、この弘道館の戦いに参加している。
  水戸城守備のため、虚をつかれた側の藩側が、農民をこうした形で動員せざるを得なかったものと思われるが、こに軍司の参戦記は、次のように当時の戦況を記している。

  「官軍奥羽ニ下向スルニ際シ先ニ脱走セル奸徒等潜伏スル所ナク、水戸城虚ナルヲ伺ヒ水戸ヲ襲ソワントスルノ報アルヲ以、同月(九月)廿八日隊長ニ付属シ上町金澤坂ニ出陣ス(中略)、同二十九日同勢三十人余大手門ヲ操出シ田見小路ニ至リシニ、奸徒早クモ町街ニ充満シ其鉾先鋭ク、小勢ヲ以防ントスル由ナキ報アルヲ以テ、退テ北見附門外ニ戦フ、其勢十人余利アラスシテ退キ城ニ入ントス、大手橋ノ辺リニ隊長令シテ曰ク、南門見附危シ疲(疾か?)ク馳セテ助力スベシト、直チニ此レニ赴キシニ僅十人ニ不足、小勢ニテ大敵ヲ防クコト不能ヲ以退キテ城ニ入ントスレハ、早大手の城門ハ閉鎖シテアルヲ以テ、転シテ東照宮社山裏ヨリ入、柵町裏千湖ノ淵ヲ潜行シ、漸クニシテアカス城門(柵町にあった不明門)ヨリ入ル、同志者皆討死シタリト評スト云フ、奸徒等三ノ丸ニ侵入ス、是ヨリ戦争烈シク昼夜砲声止時ナシ」

 これが九月二十九日から十月一日にかけて軍司の小さな一隊が経験した戦況であるが、虚をつかれた形の城兵の苦戦の様がうかがわれる。そして市川勢の侵入を防ぐため、大手橋を挟んで城の正門に当る大手門をいち早く閉めてしまった光景は、いかにもよく当時の戦況を伝えているもので、他の記録には余り見られない。これに続いて「十月朔日大手城門ヲ開キ無二無三ニ衝出シ接戦ス、負傷多シ、奸徒等其鋭気ニ当リ難ク、同二日夜脱走シ下総国八日市場ニ至ル」と述べている。
 この記述ばかりではないが、しばしば使用されている「奸徒」「奸賊」という言葉は、かつて市川ら門閥派の政権下、天狗派を「賊徒」と呼称したのと対照される呼び方であり、相対立した両派が自己の正当性を主張したことに基くものであって、宿命的対立の現われとも言えよう。

 さて、この激戦における城兵側の犠牲者も少なくなかった。戦死、戦傷死者合せて八十七人、負傷者百三十三人余にのぼった。前記の市川勢のそれと比べ、名前の分かっている戦死者の数はほぼ同数であり、市川方の負傷者は分からないが、恐らく城兵側の方が多かったのではないかと判断される。いかに激戦であったかがうかがわれ、城兵がいかに市川勢の奮戦に悩ませられたかが分かるであろう。
 この戦いで戦死した目付鮎沢伊太夫は、桜田事変の領袖の一人高橋多一郎の実弟で、鮎沢家を継ぎ、天保末弘道館舎長、その後斉昭の雪冤運動に奔走、尊攘活動家として天狗党の西上に加わったが、途中離脱して備前に走り、のち京都に潜伏、本圀寺勢と共に帰国した。第一次市川勢追討軍に加わって白河まで至ったが、水戸に帰って来て、この戦争の指揮中に倒れた。新しい時代を迎えながら、水戸藩の象徴である水戸城守護のために終った波乱に満ちた四十五歳の生涯は、あたかも党争に明け暮れた水戸藩尊攘志士の悲運を物語るようなものであった。

<戦死者>

1. 弘道館
目付鮎沢伊太夫45  先手物頭久米鉄之進52歳  谷晋太郎37歳  太田鉞之介22、 中奥番里見平算43、書 院番組兒玉市之允27、 同萩谷理衛門45、 郡奉行見習皆川源吾33、 大番組松本金左衛門46、 同新家半之允23、 小十人目付武石傳之允27、 同金子七之允45、 同亀井宇八26、 歩士目付片岡五郎介25、 歩士雨宮新介32、 同増山理左衛門27、 同岡部忠三郎50、 遊撃隊馬場祐四郎25、 郡方勤三田寺秀太郎31、 郷士鈴木要介40、 同大森左平次34、同 黒澤助七35、 同佐藤彦七37、 医学館元締塙與兵衛41、 石井信之介17、 手代格木下清吉34、 目付同心宮田静三郎35、 若年寄付同心諒川崎総吉24、 先手同心組小貫諒之介35、 同軍司捨吉18、 同木村金吾32、 同蔀捨五郎35、 同前野泰次34、 同鈴木彦衛門28、 同荒槇蔵之介44、 同宇留野宇留野藤三郎25、 町方同心組中根八之介34、漁 業改役小池泉三郎25、 郡方手代萩谷傳衛門26、 旗同心山口佐吉46、 先手同心組佐藤正助37、 谷田川萬正29、 山崎亀太郎26、 砂押熊吉42、 山田彦兵衛33、

2. 田見小路 大番組福田重兵衛38 遊撃隊川又捨吉16 押役植田荘八36 小泉梅吉18

3. 杉山門下 大番組佐藤平三郎24 新番組江幡定衛門61 徒目付野嶋斧太郎31

4. 杉山門 村岡常野允18

5. 杉山河岸 新番組菊池久平50

6. 海老久保柵 新番組頭平山兵蔵55
 
7. 城内彰考館 馬廻組浅川安之允44 郡手代関忠之允31 河西織部43

8. 城外南町 徒目付初瀬兵大夫

9. 南 郭 歩士組荻留蔵27 持筒同心組和田鉦吉23 大越専介21 小池倉蔵26

10. 北 郭 小普請組梶留四郎21 遊撃隊小田次郎21 与力小泉藤三郎30 細谷八蔵48  安藤津衛門40

11. 上金町  芳賀荘三郎43

12. 下金町  文庫役列明珍恒衛門69 滝川全太郎27 大越留三郎17

13. 西町   与力潮田猟之介54

14. 城門外  与力桧山総一郎34、赤須隆三郎31 目付同心関俊之介27 山田吉兵衛30

15. 常磐村  金方元締中田金兵衛50、子昌吉27

16. 泉 町  清水末蔵23

17. 馬口労町 岡田弥八郎63



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プロフィール

鯉渕義文

Author:鯉渕義文
1945年、那珂市生まれ。茨城大学教育学部を卒業後、教員として那珂湊水産高校、鉾田二高、太田二高などに勤務。退職し現在は桜田門外の変同好会代表幹事。

「情念の炎」上巻、中巻、下巻
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