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桜田門外の変「情念の炎」ブログへようこそ

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本日も、当ブログへアクセスしていただき、誠に有難うございます。皆様のお陰で、3年間にわたって挑戦してまいりました執筆活動も無事、終了することが出来ました。心より厚く御礼申し上げます。ブログでは、時折々に思いついたこと、感じたことなどを皆様方と対話するような気持ちで綴ってまいりますので、引きつづき宜しくお願い申し上げます。
  

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歴史の真実は如何に

  水戸藩の歴史を学ぶ際によく用いられる一つが、水戸藩史料である。過日、紹介した「元治元年」の著者関山豊正氏も、随所でこの水戸藩史料を引用されている。その中に興味深い内容が記載されていた。それが、「三木左太夫等危機一髪窮地を脱す」という表題で綴られている。
  関山氏は、水戸藩史料下巻の中に記されている三木の説話を示している。
『―中略―また、三木直(左太夫之経)の説話によれば、この時(※新保駅で加賀藩に投降するかどうか天狗党幹部が協議した時)山國兵部は降伏を不可とし長州に赴きて同士の士に合せんとの説を唱へしが賛成者少数なるを以てついに行なはれざりしといふ大意左の如し。

<山國兵部はこの時齢すでに古稀を越えたけれども身なほかくしゃくとして元気の旺盛なること少壮者に譲らず、降伏の議あるやこれを不可として曰く、幕軍前駅(葉原を指す)に充満すといへどもあえて意とするに足らず、よろしく間道を取りて越前より山陰道に入り急行長州におもむくべし、すでに彼地に達すれば必ず同志の事を謀るに足るべきものあらん、山陰道の諸藩察するにやや大藩とも称すべきは因州鳥取の一城あるのみ、其の他は区々たる小藩なればたとへ巨戦
するも一蹴じゅうりんし去る何の難きことあらんや、鳥取にいたりては水戸の親縁(烈公の公子慶徳が養子となっている)にして藩中の同志の士も少なからず、之を通過することまた難からざるべし、あに前轍(大発勢が処刑されたこと)をふみて幕軍に降り空しく賊名を負ひ徒死すべけんや云々。  
(中略)また三木之経(左太夫)梶俊秀(又左衛門)はこの時幕府の徒目付穂積某によりて総督府の
印鑑(手形のこと)を受け武田等に別れを告げ去りて京師にいたりたりといふ。
  註・穂積某とあるは幕府小監吏穂積亮之介ならん(波山始末)

  三木左太夫の説話によれば、三木はこの時梶と二人にて出立し南の山を下りしに彦根の藩兵小銃を打出しければ両人手を開きて戦を止めんと乞ひしに、これによりて彦根の目付出で印鑑を改めその確実なるを見認めて通行を許せり。然るに二人の路案内したる土人同藩兵に捕へられ何か訊問せられしものと見え、二人がすでに三四町も行過ぎたる跡より追来り疑のかどあるに付本陣に来るべしとて前後を取巻き、酒井の陣屋に引かれ厳重の訊問あり、二人は一橋殿の内命を受け探偵の為め来りし者なれば、すみやかに通行指許さるべしと辨解したけれども容易に釈(とけ)ず、よりて疑心とあれば一橋殿の本陣へ照会するか。または敦賀港には監察原市之進か梅沢孫太郎の内一人出張あるはずに付同港まで送り呉れよと申立てしに然らばとて番頭目付等兵隊二十五人付添ひて指送られたり、時に幸ひ同港にて梅沢孫太郎に会暗し、其の救護によりて京師に入ることを得たりとなり。』

  関山氏は、この出来事を通し、二人はまさに危機一髪窮地を脱したと述べた後、同じように二人に相前後して京都に向った白井忠左衛門の一件が資料に載っていないのはどういう訳か、と疑問を投げかけている。因みに、白井忠左衛門は水戸藩執政白井織部久胤の長子であり、すでに先行して京都入りした鮎沢伊太夫、浅田富之允等と同じ大発勢に属していた。この時点で、白井忠左衛門の父親は、水戸の獄中で亡くなっていた。
  ここに登場する幕府の徒目付穂積亮之介とは、どのような人物であったのでしょうか。総督府から出された通行手形を三木と梶に与えたといわれる人物ですが、かれは、一体誰の『指図』で二人に印鑑を与えたのでしょうか。因みに、関山氏は「波山始末」を引用し、敦賀にて武田源五郎(武田耕雲斎)を救出し、岡山に潜伏させたのもこの幕臣穂積亮之介であると付記しています。
  水戸市史でも三木左太夫、梶又左衛門らの離脱の経緯が記されていて、酒泉彦太郎の日記と水戸藩史料の三木の説話を紹介しています。この二つには食い違いが見られますが、いずれにも水戸藩士の梅沢孫太郎が関与しています。当時、梅沢は一橋慶喜の側近であったので、それが事実であるとすれば、慶喜が知らない筈はないということになります。慶喜と穂積の関係は、どのようなものであったのでしょう。天狗党引渡しの結果から見て、一般に慶喜は冷酷であったと評価されていますが、その心中に於いてはかなり複雑な心境であったのではないかと推察される点も散見され、真実を知ることの難しさを改めて知る思いが致します。


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プロフィール

鯉渕義文

Author:鯉渕義文
1945年、那珂市生まれ。茨城大学教育学部を卒業後、教員として那珂湊水産高校、鉾田二高、太田二高などに勤務。退職し現在は桜田門外の変同好会代表幹事。

「情念の炎」上巻、中巻、下巻
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