FC2ブログ

桜田門外の変「情念の炎」ブログへようこそ

                 桜田門外の変「情念の炎」ホームページはこちら
本日も、当ブログへアクセスしていただき、誠に有難うございます。皆様のお陰で、3年間にわたって挑戦してまいりました執筆活動も無事、終了することが出来ました。心より厚く御礼申し上げます。ブログでは、時折々に思いついたこと、感じたことなどを皆様方と対話するような気持ちで綴ってまいりますので、引きつづき宜しくお願い申し上げます。
  

FC2ブログランキング
←ご協力お願いします

第二回 「浪曲三家三下奴会」に参加して

浪曲師「東屋孝太郎」氏から、拙作「情念の炎」の注文

  過日、東京新宿の道楽亭で行われた第二回「浪曲三家三下奴会」に仲間達と一緒に参加することが出来ました。日頃、浪曲には馴染みが薄いのですが、口演内容が、あの「桜田門外の変」の鯉渕要人と山口辰之介の友情物語ということで、以前から楽しみにしていました。
  そもそものきっかけは、昨年の十月に遡ります。都内の見知らぬ方から小生のホームページに拙作「情念の炎」上中下を一セット欲しいという注文が入りました。お名前は、「東屋孝太郎」と書かれていました。早速、御礼のメールを差し上げましたが、余りにも姓が珍しかったので生国をお尋ねしたところ、浪曲師だということが判明致しました。自分自身の無知を証明したようなもので大変恥ずかしい思いをしてしまいました。改めて伺ったところ、先々代の師匠東屋浦太郎の孫弟子で、かつて「鯉渕要人と山口辰之介」を題材とした浪曲があったのですが、それを自分流の台本に書き直したいという理由で小生の本を参考にしたいとのことでした。先月、孝太郎様よりメールを頂戴し、「やっと、完成したので、是非、聞いて欲しい」との連絡があり、先週の日曜日、それが実現したという次第です。

最初に水戸藩下屋敷跡(現隅田公園)を見学

  当日の朝九時、兼ねて打ち合わせ通り小生の実家前に集合し、仲間五人と一緒に高速道路で東京方面に向いました。いずれも御年69歳の青年で、車中では子供のようにはしゃいでおりました。途中、守谷サービスエリアで小休止した後、再び高速に乗り、駒形インターで一般道路におりました。案内人は元江東区在住のN氏で、10分後ぐらいに墨田公園に到着しました。
  この場所は、嘗ての水戸藩下屋敷で、あの有名な藤田東湖が謹慎させられていたところでもあります。彼は、謹慎中「正気の歌」「常陸帯」等々の執筆を手掛け、ひたすら自分自身を鼓舞することに努めました。公園内には、藤田東湖の立派な碑と案内板があり、皆で記念撮影をしました。直ぐ眼の前には東京スカイツリーが見え、思いでのひと時を過ごしました。その後、車に戻って錦糸町駅前まで走り、近くに住むN氏の友人宅に車を置かせてもらうことにしました。

東湖圧死の地、壱岐坂、後楽園庭園を見学

  錦糸町駅から総武線に乗り、次の訪問地に向かいました。田舎とは違い、街中も電車の中も人、人、人でいっぱいで、久しぶりに都会の空気に触れた思いがしました。あっという間に水道橋駅に到着し、そこから徒歩で街中に入りました。眼の前には東京ドームがあり、車の整理役員の方々が大勢道端に並んでいました。
  最初に見学したのは、藤田東湖圧死の地で、立派な銘板がありました。実際の場所は、現在道路になっているので、少しずらしたとのことでした。昔の絵図で見る水戸藩邸の面影は全くなく、ポツンとそこだけが目立っているような感じでした。その後、近くの店に入って昼食をとりました。
  食後、近くに壱岐坂があるということで、N氏の案内でその場所に向かいました。小笠原壱岐守の屋敷があったことから名づけられたようで、当地には立派な銘板があり、説明書きが彫られていました。水戸藩の加藤木賞三も、安政二年当時、この近くに住んでいて、例の安政大江戸地震の時、小石川藩邸に駆けつけたという記録が、昨年朝日新聞に掲載されました。
  その後、しばらく外堀通りを歩いて小石川後楽園入口に着き、案内板でレイアウトを確認しました。園内は相当な広さで、とても全部は見られそうもありません。入園料はシルバー割引があり、得をした気分になりました。残念ながら、N氏の友人で所長の正田さんは、その日は非番のようでした。記念撮影をした後、コースに沿って園内を散策致しました。至る所に説明版があり、どのような意味があるのか理解できるので助かりました。小生も含め、この地を訪れるのが初めてのメンバーは、庭園の美しさに見とれてしまいました。

若手三人の浪曲師に期待

  見学後、飯田橋駅から電車に乗って新宿駅まで行き、そこから徒歩で会場となる道楽亭を目指しました。沿道では、映画のロケがあるせいか、黒山の人だかりで歩くのがやっとのことでした。慣れないせいで道を間違え、15分のところが40分もかかってしまいました。
  会場の前では、出演者の東屋孝太郎氏、港家小ゆき氏、澤勇人氏が出迎えて下さり、感動の対面となりました。お目当ての東屋孝太郎氏は、チラシの写真よりも若い美男の好青年でした。会場は50名定員の広さで、眼の前で観賞できるのが特徴でした。
  港家小ゆき氏、澤勇人氏が口演して小休止となり、三番目に東屋孝太郎氏の出番となりました。衣装もさることながら、台本も口演も大変素晴らしく、アッという間に30分が過ぎてしまいました。終了後、参加者の有志と懇親会が催され、お酒を酌み交わしながら歓談のひと時を過ごすことが出来ました。三人三様の芸の味があり、大変充実した一日となりました。
  若手三人の、今後益々の成長を祈るような思いで会場を後にしました。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

ごぶさたです。

先日、鎌倉の上行寺へ廣木松之助の墓参りに行って来ました。

彼が井伊大老の首を水戸に持ち帰ったのは事実かいかに? が知りたくてコメント欄にて質問です。

また、貴兄は広木松之介と「介」を使ってますが「助」なのか? が知りたいです。

そして、書き寄せられたコメントに対し、一言返しがあってもいいのでは? なんて思いますがナニユエ書かれないのか?  も知りたいです。

一方的質問にて失礼しました、

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: ごぶさたです。

> 先日、鎌倉の上行寺へ廣木松之助の墓参りに行って来ました。
>
> 彼が井伊大老の首を水戸に持ち帰ったのは事実かいかに? が知りたくてコメント欄にて質問です。
>
> また、貴兄は広木松之介と「介」を使ってますが「助」なのか? が知りたいです。
>
> そして、書き寄せられたコメントに対し、一言返しがあってもいいのでは? なんて思いますがナニユエ書かれないのか?  も知りたいです。
>
> 一方的質問にて失礼しました、

Re: ごぶさたです。

Yuusuke320 様

貴重なコメント、誠に有難うございます。
鎌倉までお出かけになり、墓参までなされた由、大変、敬服させられました。
さて、井伊大老の首の件、小生も耳にしたことがありますが、それが事実か
どうかは分かり兼ねます。
また、松之介か松之助かの問いについても、どちらが正しいのかは分かりません。
関鉄之介につきましても、ある報告書の中で鉄之助と記しています。名前の問題
は、専門家の間でもいろいろと取り沙汰されているようです。
最後にコメントの返信の件ですが、どのように操作すればよいのかが分からないの
です。自分で呆れている始末です。


> 先日、鎌倉の上行寺へ廣木松之助の墓参りに行って来ました。
>
> 彼が井伊大老の首を水戸に持ち帰ったのは事実かいかに? が知りたくてコメント欄にて質問です。
>
> また、貴兄は広木松之介と「介」を使ってますが「助」なのか? が知りたいです。
>
> そして、書き寄せられたコメントに対し、一言返しがあってもいいのでは? なんて思いますがナニユエ書かれないのか?  も知りたいです。
>
> 一方的質問にて失礼しました、
プロフィール

鯉渕義文

Author:鯉渕義文
1945年、那珂市生まれ。茨城大学教育学部を卒業後、教員として那珂湊水産高校、鉾田二高、太田二高などに勤務。退職し現在は桜田門外の変同好会代表幹事。

「情念の炎」上巻、中巻、下巻
 「情念の炎」下巻
この本を購入する
茨城県内一部店舗で販売しています
義援金募集
FC2「東北地方太平洋沖地震」義援金募集につきまして
FC2はユーザーの皆様から募金を募り義援金として支援を実施いたします。
映画「桜田門外ノ変」
桜田門外ノ変映画予告編 桜田門外ノ変メイキング 主題歌alan/悲しみは雪に眠る
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
リンク
検索フォーム
QRコード
QR