ひたち海浜公園でのひと時 人間には、大空を飛んだり、少しでも高い場所に登ってみたいという好奇心がある。小生は、その代表的な一人かも知れない。
昼前になって雨がやんだせいか、どこからともなく行楽客が押し寄せ、見晴らしの丘は、大勢の人たちで賑わった。孫たちが駆け上がっていったので、小生もその跡を追っかけた。
少し丘を登った先の「鐘鳴らし」の場所には、順番待ちの人がたくさん並んでいた。どの顔にも相変わらず笑顔がこぼれている。小さい子供ばかりでなく、大人たちのグループもたくさん並んでいた。
すぐに孫たちの姿を発見し、写真を撮る位置を決めた。見てないようで、ちらちらこちらの様子をうかがっている。やがて順番がまわってきて、かわるがわる鐘の紐をひっぱった。それが終わると、また駆け出し、嫁たちが追っかけていく。
丘のてっぺんに上がると、太平洋が一望できる。眼下にひたちなか港があり、右手に阿字ヶ浦海岸が小さく見えた。左手が東海方面で、今、話題になっている原子力発電所の施設がみえる。反対方向に眼を向けると、那須連山や筑波山などもうっすらと見え、その名の如く、なんとも言えない見晴らしである。
この丘は、海抜60メートルそこそこの高さだが、よく晴れた日には富士山も望むことが出来るという。丘一面にひろがるネモフィラの花は、曇っているせいで半開きのままだった。孫たちも、日常見慣れない景色をみて、大分はしゃいでいる。この場所も人気スポットで、次から次と人が登ってくる様子がうかがえる。
丘の下に古民家があるというので、そちらに通じる坂道をくだった。
清清しい空気を吸いながら降りていくと、古民家の手前に休憩所があった。翼のゲートから入場して、それなりの距離を歩いてきたので、何となく喉が渇いたような気分になる。どうやら、それを見込んで設置された感がする。孫たちが、ソフトクリームののぼり旗を見逃す筈はなく、早速、ベンチに腰をおろし、全員で食べることになった。同じ物を口にしても、みんなで食べるとことさらにうまいものである。
古民家里の家は、江戸時代のもので、大変、興味深かった。孫たちは、家よりもその裏手にあった「竹馬乗り」に興味があったようで、他の子どもたちに交って意気込んでいた。
西エリアで楽しんだ後、反対側のガーデンエリアに移動し、季節の草花を観賞と記念撮影をした。孫たちは花に眼をくれず、近くの子ども広場に行き、きゃあきゃぁ騒ぎながら駆け回った。小生は少し疲れて、息子と近くのベンチで一服した。
この日のメインは、プレジャーエリアで遊ぶことで、大観覧車が眼に入るや、孫たちの足取りは、急にはやくなった。これとは対照的に、我が家の財務大臣は、終始、疲れ顔で、足を引きずるように歩いている。少々、気遣っている間に、嫁、孫たちの姿が見えなくなった。
二人で、トボトボ歩いていくと、あちこちに食べ物屋さんが建ち並んでいる。大臣は甘いものを見ると、すぐに欲しがる癖がある。早速、甘菓子を購入し、近くのベンチに腰を下ろした。小生は食べないので、孫たちの偵察に出た。
このエリアは、若者、子どもたちの人気が高く、大勢の人たちで賑わっていた。
キョロキョロして探していると、息子と孫を発見した。同じ孫でも、男女の違いがあるようで、男の孫は、消防自動車の消火活動に似た遊びができるところで、順番待ちをしていた。女の孫たちは、ゴーカートならぬ「バッテリーカー」を乗り回していた。スピードが緩やかなので、親たちは安心して見ていられる。早速、大臣のもとへ報告した。
人混みの中を歩いていくと、嫁と孫たちが次の遊びを話し合っていた。話がまとまると、シーゴーランド、空飛ぶブランコ、海賊船レガッタ等々に乗り込み、得意げな顔をしていた。
今回は利用しなかったが、周囲には、スーパースィング、ディスクオーと呼ばれるスリリングな乗り物などがあり、大人も子供も「キャーキャー」と、大歓声をあげている。思わず、カメラのシャッターを切ったが、小生には、見ているだけで十分だった。
お恥ずかしい話になるが、学生時代、東京で開催された大会の帰途に後楽園遊園地で遊んだことがある。その時、似たような乗り物に乗って懲りたことがある。乗る前まではよかったが、いざ動き始めると、遠心力で空中に放り出されるのではないかという恐怖感にかられ、冷や汗をかいたことがある。人によっては、それが面白いというのだが、人間いろいろである。
楽しい時間は、はやく過ぎるもので、気がついてみると5時近くになっていた。雲間からは陽が差し込み、子犬などを連れた行楽客たちが、一斉に翼のゲートの方へ向かいはじめた。孫たちは、まだ遊び足りないようで、親に注意されながらしぶしぶ顔で歩き出した。
駐車場に戻って車に乗る間もなく、男の孫が、寝息をかきはじめたが、二人の小学生の女の子は、興奮が覚めやらない顔つきをしていた。
数時間の滞在ではあったが、多くの人々の笑顔がつよく印象に残った。お陰様で、自分の気持の中にも活気が湧いてきた。